のらネコキャリコンのお役立ちコラム&ニャース

人っちゅうのは「まわり」つまり環境に左右されとんのや。
自然環境、職場環境、住環境、人間環境(人間関係)なんかの周りからの影響を強く受けとる。
まぁ、そうやね。人間っちゅうのは環境に対応してきて今まで生き残ってきとんのやから、その本能が脈々と受け継がれとるんや。
「孟母三遷」の故事成語にもあるように、子供の頃の環境の影響は特に大きんやけど、大人になってからもかなりの影響を実際は受けとる。それは本人が意識する以上にな。
そしてその影響の範囲はその人の能力や才能だけやなくて、人格にも大きな影響を与えとる。
実際に、難関理科系の大学を卒業しとんのにカルト宗教集団に入信して残虐な犯罪を犯すやつもおれば、小さな頃から警察のお世話になっとったやつが会社を経営して地域社会に貢献するようになったりとかあるわな。
そんな極端な例やのうても、だらだらと仕事して、前例ばかりにとらわれ、常に指示待ちの姿勢でいる人ばかりの職場におると、最初は反発を感じとってもだんだんと自分もそうなったりするんやで。
逆に、まわりがみんな常に向上心を持って努力し続ける人ばかりの集団やったら、自分も刺激を受けて、どんなことにも向上心を持って努力し続ける習慣が身につくやろうな。
自己啓発セミナーなんか行くと「良い環境に身を置け」「向上心のある集団に属することが自分も向上できる最短の方法だ」「向上心のある人と付き合え」なんかよう言われとるわ。
資格の勉強をするのも、一人よりスクールに通った方が続いたりするんも「環境」のおかけやし、様々な自助グループはその「場」にいること自体が治療になるのも「環境」の作用やね。
それぞれの集団や組織は環境という「舞台」でもある。会社は働くという「舞台」、学校は学ぶという「舞台」、レストランは食事という「舞台」、病院は治療という「舞台」。
そこにおるとそれぞれの「役割」を期待され、かつ、多くの人はそこでその役を演じるんや。
せやから「才能のある人が集まって次世代の社会をつくる仕事をする」っちゅう雰囲気の会社ではそこにおる人は自然とその役割を身に着けるようになる。
逆に「適当に仕事してお金もらってくるだけの仕事をする」ちゅう雰囲気の会社やとそこにおる人は自然とその役割を演じるようになるんや。
自分のおる環境を自分で選べん場合も少なくないんやけど、少なくとも「環境からの影響を受けとる自分」ちゅうのをしっかりと認識して、自分をコントロールせなあかん。
環境の奴隷にならへんようにな。



