のらネコキャリコンのお役立ちコラム&ニャース

仕事っちゅうのは人生の時間の大半を占めるやん。
すると、仕事っちゅうのは単に労働ちゅう側面だけやなく、その人の生き方の現われでもあるともいえるのや。
ちょっと、たとえ話するで。
「量」の差はあるけども、人には誰でも『油田』がある。ただ、その油田は「発見」され「採掘」されんと役にたたんし、また、採掘すんのに「経済的価値」がないと採掘はされん。
つまりこういうこっちゃ。100ドル分の石油を採掘すんのに101ドルかかるんやったら経済的メリットはあらへん。
それでも石油そのものが必要で、例えば補助金をもろうて採掘する場合やっても、100ガロンの石油を採掘するのに100ガロンの石油を燃料として使う必要があったらそれは全く意味がないやん。
人の才能もおんなじや。その才能が開花するまでの時間とそれに必要なコストの見極めが必要なんや。
ただ一方ではな、何をすべきかを見つけるために「自分探し」をやって一生を終える、っちゅうのも本末転倒やで。意味があらへん。「自分探しだけで一生終わった」でもええねんけど、まぁ、もったいないで。
人には確かに「個性」や「適正」があんのやけど、自分が思うてた「個性」や「適正」以外の事を実際にやってみると、意外といろんなことがそれなりにやれてまうことも結構多いんや。
ものすごうこだわりがあったり、あるいは飛びぬけた才能がある場合以外は、とりあえず、「面白そう」「意外と合っとるかも」思たら、それを自分の得意なものにするために、その分野を極める努力をしてみるのもええで。
昔の人も「石(意志)の上にも3年」言うとるやろ。3年経ってその経験を伸ばそう思えへんかったら恐らくその仕事は向いとらんのやろな。せやけど、その3年の間に身に着けた経験は生きた経験として自分の一生の財産になんねんで。
そもそもどんな仕事にもそれ自体に普遍的な要素を含んどる。たとえば「人との接し方(対人関係)」「段取り(工程管理)」なんかの、どこにいったとしても、何をやったとしても関わってくる要素があんのや。
やろうとする意志、想像力、行動力があれば結構何でもできるねんで、意外と。それにな、「本気」で取り組んどる人に対しては他の人が協力してくれんねん。また、「運」がみかたしてくれんねん。
何でもいいんや。ただ、漠然とやなくて、あるいは懐疑的にでもなくて、自分自身を信じて、真剣に本気で、だいたい3年間くらいやってみてや。おんなじ内容の仕事やったら違う職場に移ってでもええで。
とりあえず「これ」と思うた職務、業務に真剣に一定期間取り組んでみてや。
道が開けるか道が見えてくるで!



