のらネコキャリコンのお役立ちコラム&ニャース

「目標」「目的」…個人でも仕事でも必ず言われる言葉。
でもふと思ったんです。人生はその全てが「目的」であって「手段」は存在しないのではないのではないのかなと。
私たちは普段
『現状とは異なる意図したある特定の状況になった状態を「目的」とする』
『ある特定の状況に至るまでの過程、あるいはそれに至るために行う行動を「手段」とする』
と定義しているだけなのです。
実はこの定義に従うと「目的」が達成された状態だけが人生の意味であるとしてしまう危険性があります。
そうすると、「目的」が達成された状態以外の、実際にはほとんど全ての活動や生きていることそのものの状態には意味がないという事になってしまいませんか?
また、例えば宇宙の生成や消滅というものすごく長いスパンで、宇宙の時空や物質の存在という観点から見てみましょう。
すると、その人がどんな人であるか等とは全く関係なく、各個人が生きていること自体、存在していること自体の「目的」を問われると「特にない」とも言えるのではないでしょうか。
「神の目的」という意思が存在して「あなたは使命を帯びて生まれてきて、存在している。」という考え方を除けば…
なのでこの宇宙のこの地球上にいる生命体としては、『生まれてきたから生きている』ということ自体が目的ではないかと思うのです。そして生きていくうえでの活動すべてが手段ではないかと。
もっとも、物理的、精神的、肉体的、社会的に何かを達成しようとして「目的」を立てたり、それに至るまでの手段を構築したりする事は、恐らく人間にしかできない非常に素晴らしい能力だと思います。
その能力はすばらしいものなので、それ自体は是非とも有効に活用していきたいものです。
しかし、そのような「一般的な目的」にしか意味が無いのではありません。
「生きている」事自体に意味があるわけであるので、何かの「手段」の状況にあったり、「目的」を達成した状態であったり、あるいは、「手段」も「目的」でもない状態であっても、その時々全てが意味のある事なのです。
つまり生きていること自体が「目的」の状態であると言えるのです。
こう考えると、あらゆる瞬間のあらゆる行動や思考の全てを「目的」として楽しむこと、享受する事で、生きている全ての瞬間を「満ち足りて」過ごすことができるようになるのではないでしょうか。
ある特定の目的を達成した状態だけを「勝ち」として勝ち負けを定義するのではなくて、常に「今、ここ」に意識を向け、感じ、最大の関心をもって「今、ここ」を楽しむのが『人生全勝』の態度だと思うのです。



