のらネコキャリコンのお役立ちコラム&ニャース

そもそも「就職活動=就活」ってなんやろか。いまさらやけどな。
特に初めて社会に出る新卒の人ら、は色んな人から話を聞いたり、学校のキャリアセンターやら就職課の人からの情報や話し、あるいはいろんな本やネット上の情報なんか様々な形で見聞きしてイメージしてると思う。
せやけど、アルバイトをしたことがある人やったら、すでに就職活動をやっているはずや。友達の紹介やお店や会社をやっている親類・知人から誘われて働き始めたのやなければ、すでに就活体験ずみのはずやで。
よう思い出してみ。
まず、ネットなんかで「求人情報を見つけた」よな?
次に「働きたいところに電話をしたりネットのフォームからデータを送って応募」せえへんかった?
フォームやったら後日「面談の日時の連絡をもらう」か、不採用の連絡をもらったはずや。あるいは電話やったらその場で面接の日時とかの連絡をもらった人もおるんとちゃう?
そして「面接」を受けに行って、「面接で受け答え」をして、最後に「採用・不採用の通知」を受けましたはずや。中には何らかの「試験を受ける」ちゅうプロセスがあったかも知れへん。
つまりや、雇用形態がいわゆる「正社員」やなくても、実際には「働いてくれる人を募集しているところに応募する」就職活動をしている人は結構多いんや。
せやから、本来的には学校卒業後の就職に関して「就活」をするのはそんなに特別なことではないのや。せやったら何が「就活」を特別感のあるものにしとるんやろうか。
社会での役割が「学生」から「勤労者≒社会人」になるっちゅうことと、初めて「正社員」「正規職員」になるっちゅうことやないかと思うで。
研究者や経営者、政治家であっても働くことで収入を得ることがその人の主な役割であればそれは勤労者≒社会人でやから、この「社会的役割の変化」は伴う。
「社会的な役割の変化」っちゅうのは人生において結構特別感を感じるもんなんよ。「結婚」とか「出産、子供を持つ」という状態なんかも社会的な役割の変化があるからやっぱり「特別感」があるんやわ。
そして就活においての社会的な変化で一番大きいのは「自分が生きていくお金を自分で稼ぐ」っちゅうことやろな。親や養育者などからの「保護」から巣立つという意味合いもそこにはあるしな。
自分で稼ぐっちゅうことは、アルバイトの頃よりもずっと多くの各種の税金や社会保険料を納めるっちゅうことにもなって、社会に対してお金を拠出する、つまりは社会を支える側にもなるっちゅうことや。
自分で稼ぎ、自分で責任を持ち、社会を支える、いわゆる自立した「社会人」になるっちゅうこの初めての「巣立ち」の状態が特別感を醸し出しとる。
また、現状ではほぼ一斉に「巣立つ」もんやからメディア的にも「絵」になるし大きく取り上げられるんや。
せやけど「就活」っちゅう個人個人の個別の活動としてはさっき言うたように「求人を見つけて→応募して→面接を受けて→採否が決まる」という基本は変わらんのや。
もちろんアルバイト以上の激戦や。
せやから「ESなどの応募書類の『採用側の目に留まる』書き方」やら「SPI対策」「面接官の印象に残る対応方法」なんかは過去の蓄積が存在しとるから、それらは「就活テクニック」として個別にしっかりとやってくしかないな。
せやけど、この特別な儀式のようなことに戸惑ったり、あるいはESの段階で何度も落ちたり、面接でうまくいかへんかったりすると精神的につらくなってしまう事もあるやろうな。
特に希望の業界、希望の会社があるんやったらなおさらや。
思い通りにならんくてつらかったりすることもあると思うけど、周りの人や学校の就職課、公的機関、先輩、キャリアコンサルタントなんかに相談しながらでもええから、できる範囲でがんばってやっていくんや。
ワイは大した就活もせんと「なるようになる」思てたから、個人的には「がんばって」っちゅうのは何となく気が引けるんやけど、せやけど何とかやっていくんや。
希望どおりやない所に就職したとしてもそれだけで人生終わりやないんやから。人生はまだまだ長いんやで。そして、どんな人生でもなんとかなるもんや。
Good luck !



