成功するライフキャリア

のらネコキャリコンのお役立ちコラム&ニャース

Bossネコ
小さな得意をイカすんやで!

誰もが同じ能力をもって、同じ環境があって、同じモチベーションがあるわやないわな。

スポーツや芸術といった世界だけやのうて、勉強や対人関係、その他ありとあらゆる行いについて、持って生まれた才能とそれを育てる環境と、それをやろうとする気持ちはみんな違うとる。

そして、社会の中でうまく、少しでも多くの報酬を得て生きていくには、何事も才能と環境と社会的必要性が関係してくるんや。

まず、才能があるかどうか。言葉の厳密な定義はともかく、「うまくやれること」って感じで考えてみてや。

才能には「自分のなかで一番得意なこと」や「ある集団の中で一番得意なこと」や「ある地域の中で一番得意なこと」や「ある国で一番得意なこと」「地球上で一番得意なこと」や「人類史上一番得意なこと」などが考えられる。

極端に言うたら、自分の中で一番得意なことでも、ある集団の中では一番下かもしれへんし、自分の中で一番不得意やっても、地球上では一番上かもしれへんからな。

つぎに、その才能を育ててきた環境があった、あるいはあるかどうか。

自分でその才能に気づいたり、才能とは思わなくてもそれが好きでやっていたかどうか。

あるいは本人が気づかんくても、それほど好きやなくても、周りがアンタのその才能に気づいて、あるいは気づかないままにそれを育ててきたかどうか。そして本人が続けてきたかどうか。

最後に、その才能を社会が求めているかどうか。

例えば、古代において、火を起こす才能に優れてとって人々から尊敬されていた人がおったとするやん。その人が現代にやってきたらどうやろか。

現代においてはキャンプなどの限られた場面、しかも装備をほとんど持たないサバイバルの状況でしかその才能を発揮できひんのやないやろうか。

あるいは、現代において非常にプログラミングの才能に優れている人がおったとする。その人が古代に行ったとするやん。

おそらく、その人はその才能を古代で直接的に発揮するのは難しいやろな。

現代に求められている能力について、生まれついての高いレベルの才能を持ち、それを育ててきた人は「天才」と呼ばれるけど、レベルはともかくパターンとしては、ほとんどの人にこれは当てはまるんや。

つまりや、ある人に、現代社会(その能力を発揮する時点での社会)において求められる能力がある程度あって、それが育つ環境があって、その能力を継続的に高めることができたとするやん。

そしてその人が常に一定以上のレベルでその能力を発揮できる状態あれば、それがその人にとって「才能」であるし、それは社会にとって貴重な財産に違いないんや。

さらに、その発揮する能力のレベルが高いほど、それが希少なほどその能力の対価、報酬は大きくなるっちゅうことや。

ちなみに「環境」っちゅうのは、それを高める内的な環境、つまり「そのことが好きでやる気がある」っちゅうことも含まれるんやで。

とりあえずは「今現在、心の底から好きで得意なものがあり、それをやれる環境がある」という人が最も幸せなのかも知れへんとワイは思うで。

ただな、天才的な才能や動機や好きなものが無いとしてもや、少なくとも嫌いではないものに対して平均的な才能があって、それを続けていけるだけのモチベーションや気力があれば、その能力を使って社会で十分生きていけると思うで。

実際、古今東西の大人たちは多くはそのような折り合いをつけて生きてきた人が多かったんちゃうやろか。

社会に求められていること(能力や資格等)で、好きなものか少なくとも嫌いではないもので、続けてできそうなものをスキルアップしながら続けていくことが普通の人が「社会的に成功する」王道やで!



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