のらネコキャリコンのお役立ちコラム&ニャース

「見かたによって考え方が変わる」っていう話をするで。
なーんにも状況が変わっとらんのに、突然「あー、そうかぁ!」とひらめくっちゅうか気づくことも多いやろ。
逆に状況が何にも変わってへんのに、いつの間にか興味関心を失っとって、そのことが「見えなくなってる」ちゅうこともあるわな。
現状に不満がある場合に、工夫したりあるいは見方を変えれば解決できるんやけど、それが自分の発想に柔軟性が無くてできない場合っちゅうのは結構あるな。
特にな、「考えない」で「反応」だけをしとるとこうなるパターンが多いんやで。
何かの状況に対して、決まったパターンや「こうあるべき」っちゅう姿や道筋だけを考えとって、その状況にこだわるあまり現状への工夫や認識を変化させることが考えられないっちゅのは多くの人の多くの場面でおこっとる。
するとや、そこには「現状への不満の発生」と「自分の想像力の機能停止」っちゅう二つの悪い結果が起こるんや。
「ある現状」はもちろん「ある現状」そのものなんやけど、それに対する解釈は無限にあるんやで。
よく言われるんはポジティブに見るか、ネガティブに見るかっちゅう2択やな。例えばお茶が半分入っているペットボトルを見て、「半分も残ってる」と捉えんのか「半分しか残ってない」と捉えんのかちゅうやつやな。
このペットボトルのお茶のケースでは残量についての良し悪しっちゅう枠組みの中での判断やけども、良し悪しの評価のレベルのみならず、実際には様々な視点が存在するんやで。
「絵的にちょうど良い分量だな」とか「何ミリリットルだろう」とか「重さはどれくらいか」とか「お茶は嫌い」とか様々な反応や考えが存在するわな。
ある状況にある場合、それを改善しようとしたり、あるいはそこから何かのヒントを得よう思たら、自分のパターンの「反応」やなくて、工夫やアイディア、そこにまつわる考え方(あるいは定義や物語)を「考える事」が大事やで。
そうすることで、現状への対処やら新たなアイディアを得ることができるかもしれへん。できん場合もああるけれども、「反応」するんやなくて、少なくとも他の方法を「考える」っちゅうのは非常に重要なことや。
歌の歌詞にも「やさしさに包まれたなら、きっと、目に映るすべてのことはメッセージ♬」ってあるやないか。
ただ反応するな!見かた考え方は無限大やで!



