のらネコキャリコンのお役立ちコラム&ニャース

就職での「面接」の練習したことある?面接のロールプレイイング、ロープレってやつやね。
でも、ワイは実は本番の面接そのものがロープレではないかと思うとるんや。
なんでかいうたら、面接官の「役」と面接される側の「役」、そして会議室などの「場所・舞台」があるからなんや。
そもそも面接って日常的なものではないよな。そして面接は、どんな人物かを見極めるため、どんな職場かを見極めるための一つの「手段」として存在しているだけや。
どんな人物かを知るためやったら、例えば家庭訪問をして、関係者にインタビューしたり、過去の履歴を調べたりするっちゅう方法もあるよな。実際にはできるかどうかは別にしてやけど。
また、どんな会社かを知るためやったら、実際に入るのが一番やろな。インターンシップなんていうのはそれに近いな。
あと、密かに社内の人事情報をハッキングしたり、会社から出てくる社員に接触してインタビューするとかも方法としてはあるやろ。
ただ、効率的に、そして法律を守って倫理的に問題ない方法として「面接」があるだけや。どんな人か、どんな会社かっていう漠然とした実態のないものを知るための一つの手段でしかないのやで。「面接」そのものが目的ではないんや。
「どんな人か、どんなところか」という「実体の無い部分」を知るための簡略化されたり様式化されている言語でのやり取りを主とした手段ちゅうだけの話しや。
だからこそ、その場にあった「演技」が面接官にも応募者にも必要になってくるんやで。そう、面接そのものが「自分」を表現するためのロールプレイングなんや。
せやから面接のロープレっちゅうのは、実はロープレのためのロープレをしとるっちゅうことやな。ちょうど俳優さんが「演技」の「練習」をしているようなもんやで。
そう考えるとやることが少し見えてくるんちゃう?
見た目、話し方、話す内容、表情、態度、行動など、「視聴者」にアピールするための演技、好印象を与える演技によって「高評価」やら「高視聴率」を取れるやろうし、アカデミー賞やら大賞やらも受賞できるんや。
せやから「大根役者」はダメやで。「大根役者」言うたかて今はわからん人多いかも知れへんけど、「下手な演技」「嘘くさい演技」「わざとらしい演技」っちゅうのは見ててもがっかりするし、なんなら腹立ってくるよな。
それから言うとくけど、面接ではドラマや映画と違うて「事実と異なる演技」はアカンで。「名称や内容はすべてフィクションです」はダメ!絶対!
ただ、「自分」ちゅうとりとめのない存在をその場で凝縮して表現するっちゅう難しいもんをやらなあかんから、実際はそんなに「名優」はおらんで。うまくできひんって心配せんでもええ。
ただな、演技やから、非常に魅力的な、あるいは非常に好感の持てる話し方を日常的にできている人以外は、日常会話をそのまま実行してもたいていは失敗すんで。
映画やドラマもそうやけど、舞台演劇とか歌舞伎とかミュージカルとか日常会話とは全く違うやろ?
それから、ものすごくレベルの高い面接官やったら、質問なんかであんたがどんな人か言葉を引き出したり、読み取ったり、感じたりしてくれる、まさに名スカウトみたいに見出してくれるねん。
せやけど、大企業、一流企業でもそんな面接官は稀やで。
せやから、面接官がどんな人、どんな能力の人であっても「自分」が伝わるようにこちら側の技量を高めておかなあかんねん。
自分が言う事はもちろん、聞かれるような事をあらかじめ想定しておく、適切な言葉が適切なタイミング出てくるようにする。
そして想定外のことにもついても落ち着いて即時に考えをまとめて答えるなんかの「想定」やら「練習」が必要やな。
また、これは、面接だけやないんやけど、人が理解しやすい、共感しやすい話っちゅうのは「物語」の形をしてんねん。
桃が流れてきて、中に桃太郎がいて、鬼退治にでかけ、途中でキジとイヌとサルをつれていき、鬼ヶ島に到着して鬼と闘い、鬼を成敗して凱旋する、っちゅうようなもんやな。
せやから、自分の事を語るときは「自分物語」を「演じて」語るのです。ええか、嘘はいかんで。自分のええ面わかりやすく相手に理解してもらえるような「演技」や。
で、面接官がアンタに好感やら共感を持って、面接官のプラスの感情スイッチが入れば経験や能力以上に共感が呼び起こされて面接通過率は高まるはずや。
そもそも誰もが自分の人生においては自分という主人公の物語の中におんのやで。うまく伝える表現っちゅうのはすぐにはできひんかも知れんけど、もうすでに「役者・私」は存在してきたんや。
シーン「面接」、演者「私」の「演技力」を高めるこっちゃ。これはな、将来的に発表やプレゼンテーションの場でも大いに役立つで!



