のらネコキャリコンのお役立ちコラム&ニャース

既に社会人の人だけやのうて、バイト経験あるんやったら学生さんでも「働く」っちゅう事はなんとなくわかるやろ?
ほんでな、今回わしがしゃべんのは「働くちゅうことは多面性がある」ちゅうことや。「お面」やないで、「多面」性やで
…
「お面やのうて多面性やで」
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今、爆笑するとこやで、ワロタか?とうぜんみんな腹抱えて爆笑したやろな?ええ、ええ、それでえんのんや。
ま、ワイ思うんやけど、たぶんだいたいの人にとっては「やりがい」とか「仲間」とかはおそらく二の次やないの。
本音で。
ようはそういうのんは働いとる環境にくっついてくるもんちゅう感じやろ。
ま、学生の頃とは違ごうて、学校を卒業して社会人になって仕事するんは「お金を稼ぐ」ちゅう部分がそうとう大きゅうなるわな。ほんま自分が社会で生きていくうえでの、文字通り「生命線」ちゅうやつや。
よう考えてみぃ。働かん→お金が無い→食べるもんも着るもんも住むところものうなる→…ちゅう感じや。
いうても、もう絶対あかんっちゅう状態でも今の日本では「生活保護」ちゅう「セーフティーネット」があるから、「飢え死にする」ちゅうところまでいくことは、まーあんまりあり得んとは思う。
せやけど、そういう状況やと何か気持ち的に苦しい感じがすることはあるやろな。
あと、「働く」ちゅうのには「社会の一員としての役割」っちゅうもんがあんのや。
考えてや、例えば、自給自足で山ん中で暮らして、インフラも含めて社会的なサービスを全く拒否する人以外は「社会の構成員としての役割」があんのや。
仕事とか立場とかそんなんのは関係なくみーんなにあんのや。
社会の役割的な話しになるとよう聞くやん。「社会の歯車にはなりたくない!」ちゅう名言。わしに言わせたらほんま「名言」や。とうぜん嫌味やで。
なんでかちゅうたら社会の中で生きているやつはみな社会の「歯車」やで。世界中のどの国でもどの時代でもそうや。
さっきも言うたとおりみんな「社会の一員」やから、つまりはみんなが「歯車」や。
ま、みーんなが「社会の歯車になりとうない」っちゅうんやったら、部品がばらばらに落ちとる時計の残骸みたいな社会になるっちゅうことやで。そもそも社会やら地域やら国やらもう存在せぇへんのやろなぁ。
人間社会が成立しとるところでは、みーんなみーんな偉い人も普通の人もみーんな歯車なんや。
それぞれ自分の能力やらスキルやら経験やら立場におうた「歯車」やったらええねん。
ワイもアンタも偉い人も無名の人も未来の人も過去の人も社会ではみんな歯車や!



