のらネコキャリコンのお役立ちコラム&ニャース

「やさしさに包まれたなら」ちゅう松任谷由実君の曲がある。
映画「魔女の宅急便」のエンディング曲やな。
この曲の歌詞に「やさしさに包まれたなら きっと 目にうつる全てのことは メッセージ」っちゅうのがある。
なんか考え事しとって、何気ない状況を見とったらそこからひらめいたり、「わかった」とかいう状況って実際あるやん。
昔の偉人の逸話でも実際はほんとかどうかはわからんけど、ニュートン君のリンゴとか、アルキメデス君のお風呂とかそんな話しはいろいろあるやろ。
まぁ、「視覚」だけやなくて、聞いたこと(聴覚)やらニオイ(嗅覚)、触った感覚(触覚)なんかの外部からの情報っちゅうのは、いろんなヒントの宝庫なんや。
特に「視覚」は遠くのもんも、近くのもんも、形も、明るさも、色も、動きも捉えられる情報の宝石箱や。せやから、考え事したり、悩み事を解決しようとしたりするときは、今見えるもんをじっくりと観察することや。
目が不自由やったり視覚の情報が苦手やったら他の感覚でもええから研ぎ澄ますんや。
考えや悩み解決の答えそのものがあることはまれやけど、解決につながるヒントはいつでもいろんな所に潜んどるからな。
人はな、普段は自分が関心があることだけ、自分に損得のかかわりのあることだけしか感じんのや。せやからいろんな情報を見過ごしたり見逃したりしとんのやで。
せやからある時から特定の情報が気になったりするんや。車買おう思たら特定の車種が目に付くようになったり、健康状態が悪うなったら病気の情報にやたらと敏感になったりとか、自分のフィルターがいろいろ変化すんねん。
つまり、本来はあらゆる要素の多大な数の情報が流れとるうちの一部を利用しとるに過ぎひんのや。
せやから、目に映る情報を考えや悩みを解決しよう思て眺めてると、「それ」のヒントが見つかったり、たまには答えが「どんぶらこ、どんぶらこ」ってやってくんのや。
せやけど、興味関心を持ってよーく目を凝らして見とらんとあっという間に流れて行って見逃してまうねん。
考え事や悩みの解決には「なーんも考えん」と空白をつくる「瞑想」的な方法の他に、目の前の情報を感覚を研ぎ澄まして見つめてヒントや答えを見つける方法があることを覚えといてや。
目に映る全ての事はメッセージやで!



